高校留学生の体験談

高校留学生の体験談

高校留学

海外の高校に留学された皆さんの声が届きました!
これから海外留学したいと考えている皆さん、ぜひ実際に参加された皆さんの体験エピソードを読んで参考にしてみてください。
きっと、素晴らしい体験ができると思います。

 

 

ニュージーランド高校留学した学生さんの体験談
私が初めて Auckland に着いた時、「うわっ!!何もない…」と思いました。
私は大阪生まれ、大阪育ちのバリバリ都会っ子なので、まじもう無理……と思いながらも、たくさんの緑と空気も全然違い、とてもビックリしました。
私が来たときは、高校生だったのでホームステイをすることになりました。
私のホームステイはとても大きな家で、犬も猫もいて、お母さんと16歳の女の子と21歳の大学生の息子がいました。
初めての日は、気をつかってしまい上手に話せませんでした。
でも、ホストファミリーはみんなすごく良い人たちで、すぐに馴染むことが出来ました。
特に21歳のホストブラザーとその友達とは、一緒にビリヤードしに行ったり、ドライブに出かけたり、とても Enjoy(楽しむ)できました。
今はシティに住んで居るのであまり会う機会がないけれど、たまに Mail を送ったりして今でも関係を続けています。
高校生活で初めて学校へ行ったとき驚いたことは、日本の学校と比べとても広かったことです。
日本の学校は上に高く土地が狭いのに、こっちの学校は学校の面積も広く、教室もたくさんあります。
初めのころは迷ってばかりでしたが……。
現地の人たちは、初めは怖くてとっつきにくかったけど、最後の方は仲良くなり、Party をしたり映画を見に行ったり、とても楽しかったです。
授業に関しては、初めは難しく先生の言っていることを理解するだけで精一杯でした。
私は、数学、コンピューター、ESOL(留学生用英語)、日本語、そして音楽を勉強していました。
音楽についてはピアノを日本でずっと習っていたので少し安心していましたが、1学期に多くて3つも Performance(発表)をしなくてはいけなくて、しかも Performance 中は先生がビデオで撮っているのでとても緊張しました。
1学期に3つというのは結構大変で、私は2学期から入ったので、10曲くらい発表しました。
幸運にも、ホームステイ先にピアノがあったので、毎日最低30分は練習することができました。
Foundation Course(大学進学準備コース)は、高校とは違い、大学に行きたい人たちだけが集まっているところなので、高校とは雰囲気が違いみんなピシッとしています。
毎日9:00-5:00まで、そしてテストのある前のひには6:00まで授業があり、ぶっちゃけとても大変で、とても焦りました。
数学や経済学、会計学を学習しましたが、今までに経済学や会計学を勉強したことがないので、ニュージーランドのエージェントの人に家庭教師を探してもらい、放課後にさらに2時間ずつ勉強を見てもらいました。
学校も家庭教師も宿題が出るので、勉強漬けの毎日でした。
勉強はとても辛いけれど、学校はとても楽しかったし、よっぽどのことが無い限り毎日学校へ行き、友達とジョークを言い合いあら頑張っていました。
エージェントの人たちはみんなとても良い人で、面白くいつも真剣に私の話を聞いてくれるので嬉しいです。
私のしょうもない話もいつもニコニコ笑いながら聞いてくれて友達のような感じで接することができます。
私が病気で大変な時にはすっごく心配してくれて、私のホストにわざわざ電話してくれたり、とても助かりました。
18歳を超えている私の場合は、そんなにゴチャゴチャ言われることもなく、とても楽しく充実した日々を過ごすことが出来ました。
エージェントの人たちは、とても熱心に親切に教えてくれて助けてくれるのでとても助かっています。

ニュージーランドの高校留学までの流れについて
ニュージーランドの高校一覧

カナダへ高校留学した学生さんの体験談
私が留学に興味を持ったのは、中学3年生の時に1ヵ月間アメリカにホームステイをしたことがきっかけでした。
もともと私の家族は海外旅行が大好きで、今までにも色々な国に行きました。
そこで英語が話せたら、かっこいいな~と、このままエスカレータ式の学校を卒業して大学に行くのもな~と、両親に相談したところ、大賛成をしてくれました。
自分で決めた留学なので、自分で出来ることは全て自分でやりました。
エージェントの協力もあり、難しくもなく手続きができ、高校1年を終え、バンクーバーに来ました。
飛行機の中では大きな不安と、家族や友達との別れで大泣きで、あっという間に着いた記憶があります。
最初の1ヵ月は、こっちの環境になれるのと、英語や友達を作るので精一杯でホームシックはありませんでした。
ホームシックが来たのは、こっちに慣れてから3ヵ月から6ヵ月の間だったと思います。
High School の初日は今でもはっきり覚えています。
知り合いもいなく、ろくに英語も話せなかった私に優しく案内してくれた子がいました。
今でもそのことは友達です。
2年経った今、Byrne Ceek Secondary School で、たくさんの友達もでき、毎日楽しくやってます。
こっちでは、積極的に自分からいかないといけないという事と、友達と話すのが一番の英語の上達のカギという事を学びました。
今では、Yes か No かをはっきり言うことができます。
日本人は、他の国の子やカナダの人からもとっても人気だと思います。
たくさん興味をもってくれます。
バンクーバーで日本では体験出来ないようなことをたくさん経験してきました。
特に思い出に残っているのは、高校のプロムで、日本でよく映画で見ていたのでとっても憧れていました!!
友達とドレスを選びに行ったり、みんなでコテージに行ったり、とっても楽しかったです。
この誰も知らない地で頑張ってこれたのも、たくさんの支えや助けがあったからです。
特に、両親・家族・友達・エージェントの皆さんには本当に感謝しています。
今でもエージェントのみなさんには助けられていますが、何から何まで本当にお世話になりました。
全く英語が話せなかった私は、今ではとくに日常会話に困ることもなく、友達と毎日ワイワイしています。
もちろん、学校自体は宿題や課題がおおくて大変ですが、とっても素敵な出会いがたくさんありました。
この高校留学は私にとって大きな財産です!!
過ごし出も海外の高校に興味がある人や良いと思っている人は、絶対に挑戦してみるべきです。
父の言葉で、「英語が話せるだけで何万人の人、世界中の人とコミュニケーションがとれるようになる」と聞きました。
今では、旅行先での新しい出会いがとっても楽しいです。

高校留学をした娘さんをもつ親御さんの声
初めは心配ばかりしていました。
文化や風習の違う所でやっていけるのかと……。
本人が決め留学したのですが、理想や夢など現実とはかなり違っていたと思います。
高校生でありながら長期の留学は、今思えばすごいな、よく頑張ってるな、えらい子だなと思います。
親が思っているより子供はたくましいものです。
留学を通して親子でたくさん学びました。
日本人としての誇り、日本人としての長所・短所を感じたり、ホームステイでの生活で他人との生活の難しさ、楽しさをたくさん感じたようです。
このようなことは日本にいると考える事がなかったと思います。
帰国するたびに、人への感謝、心に痛みを感じる子に成長している姿を見ると、離れている悲しみを幸せに変えてくれます。
海外での生活では自己責任と最近よく言われますが、やはり人との関わりがないと生活が成り立たないことも実感したようです。
言葉が上手く通じない分、心の繋がりが大事です。
この多感な時期に海外留学できたことは、本人にとっても一生の財産になると思います。
チャンスがあるのならば、たくさんの子供に留学を体験してもらいたいと思います。
しかし子供の性格もありますので簡単にいかないかもしれません。
幸い娘は、人とのコミュニケーションがうまくできたようで、楽しく過ごせたようですが、内向的な子は少ししんどいかもしれません。
でもそういう子こそ、海外留学を体験しユメオw現実にしてもらいたいと思います。
そして、安心できるサポート会社に出会えたことに感謝しています。
無事に卒業できたのもたくさん相談に乗ってもらったり、アドバイスを頂いたからだと思います。
娘には、今後も色々な体験をもとに世界中の人と仲良くし、輝いた人生を送って欲しいと思います。
こどもに刺激され、私もシニアステイをしたいと思うようになりました。
本当にありがとうございました。

高校留学した息子さんをもつ親御さんの声
「明日からもう、学校へ行くのやめるから。教室に入ると息苦しい。」
中学3年の息子が、私たち夫婦と当時大学生だった姉に言ったこの言葉から始まりました。
共働きで忙しく、しっかり子育てをしたとはお世辞にも言えない我が家で、子育ての半分は近くに住む祖父母がしてくれました。
しかし、友達がたくさんいてスポーツも楽しみ、不登校とは無縁と思いこんでいました。
「うちの子に限って」が起こった時のショックはちょっと表現できません。
部屋に閉じこもってしまった息子に「何も要求するまい。生きていてくれるだけでいい。」と祈る気持ちでした。
私はおろおろと相談機関を回り、おっとは本棚1段分の不登校の本を買ってきて読み続け、ネットで情報を集めました。
いろいろなことがありましたが、当の本人は不登校のまま中学を卒業し、やっとの思いで入れた単位制高校にも行かず、代わりにアルバイトに通う毎日が1年続きました。
わが子が何を考えているか分からず、息苦しい毎日でした。
そんなとき夫が、不登校の高校生がニュージーランド留学をして元気になった話を見つけました。
驚いたことに、それまでどんな話を出しても乗ってこなかった息子が、「行ってみる」と言い出したのです。
動き始めるのに、1年間という時間が必要だったのかもしれません。
本やネットをさまよい、あちこちに問い合わせをした末、こちらのエージェントを見つけました。
正直なところ不安でいっぱいでしたが、「他に道は無い、ここにお任せしよう。」と思いました。
語学学校に通った時のホームステイのお父さんには、2年間ちちょやのように支えて下さり、本当にお世話になりました。普通に勉強していたのは中学1年までで、英語の単語もどれだけ知っているのだろう、きっと話はできなかっただろう息子と心を通わせてくださいました。
まったく連絡をしてこない息子に変わり、メールで我が家に写真を送ってくださるのが、どんあんいありがたかったことか言うまでもありません。
一時期息子が語学学校に通っていたとき、ホストファミリーと良い関係がつくれず、家を出るという騒動を引き起こしました。
遠く離れている私たち親は、なすすべもなく「これでもうニュージーランドは終わりだ」と覚悟しました。
連絡を受けたエージェントの代表の方が本当に素早く駆け付け、ステイ先の息子の部屋で2時間以上も話を聞いてくださり、ホストマザーの話も聞いてくださいました。
息子には外国で暮らすことについての厳しい話もしてくださったようです。
そして息子は帰国ではなく、もう一度戻って語学学校を続ける道を選びました。
この間の止まる場所から食べ物、戻る手続きまですべてをエージェントの方がしてくださいました。
それは、仕事という以上に一人の若者をお応援してやろう、という熱い気持ちのこもったもので、私はこの時、遠いニュージーランドに親戚がいて息子の面倒を見てくれているように感じました。
息子は、イングリッシュ・ランゲージ・アカデミーに1年近くいました。
そして、いろいろな国からはっきりとした目標を持ってやってきた若い人たちと交流することができました。
また、少しでも良いところがあれば、それを褒めてくれる先生方おt過ごし、好きだったギターがみんなと仲良くなる手段になったようです。
英語で話すことが出来るようになってきたのはこのころからだと思います。
特に先生方が、上からものをいう感じではないことに息子は驚いていました。
日本ではできなかった「同世代の人と太陽の下でつきあえる生活」が出来ることだけでもありがたいと、このころの私は思っていました。
ニュージーランドはh穏当に自然の美しいところで、その自然にも息子は元気をもらったのでしょう。
「夜の暗さと星の美しさを見せたい」としきりに言っていました。
次の年は、自分でハイスクールに入学を決めました。
ギターにはますます熱中し、音楽の先生や留学生担当の先生にお世話になりながら1年間を過ごし、学校内や市内のコンサートにも出させていただいたりしたことが、傷だらけになっていたに違いない息子の心にどれだけ自信になったことでしょう。
「高校卒業」という言葉は息子の人生にはないし、それで良いと私は自分に言い聞かせてきましたから、2004年12月に息子が高校を卒業したときは、言いようのない嬉しさでした。
この年の夏、我が家は夫婦と娘で3泊4日ニュージーランドの旅を敢行し、現地で息子と合流して家族ry校をしました。
息子と娘の運転と通訳で、私たちは後部座席。
こんな日が来るとは夢にも思いませんでした。
現地のエージェントの皆さんやホストファーザー、学校の先生方ともお会いし、おっとや私の世界も広がりました
息子のホストファーザーは長年留学生を受け入れてこられた方で、息子に言われたそうです。
「おまえのガーディアンは電話できっちり様子を聞いてくるね。送ったらそれで終わりという会社もあるから、おまえは良いガーディアンにあたったよ。」と。
いろんなことをしでかす息子にとっては、都合の悪いガーディアンだったかもしれませんが、親としてはもちろん安心でした。
エージェントの皆さんとは、2年にわたるお付き合いになりました。
代表の方は厳しいをされますが「不登校の子を預かってやる。」ではなく「子供の自立を手助けする。」という姿勢で、いつもわたしたちに接してくださったと感じています。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。

カナダの高校留学までの流れについて
カナダの高校一覧

 

 

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