Boss's Soliloquy

Boss’s Soliloquy ボスの独り言

【あり得ない文化の違い】【サクセスストーリー】【過去の経験が今の自分を形成していることの事実】をボスの独り言としてまとめています。
our company style, It is things of smart & certainly & fullest enjoy.

人生を放棄した人間が売れっ子カメラマンへ転身!

番組制作会社でディレクターとして頑張っていたコウタ。
番組の企画、打合せ、役者手配、カメリハ、撮り、編集、何でもこなしていた。
早朝から地方に行き、撮影を済ませ、徹夜で編集をし、番組に間に合わせる日々。
休日もなく、一日があっという間に過ぎ、毎日時間に追われ、精神的にもギリギリの状態で過ごしていた。
それでも、必死に現場を仕切り、いつかは自分の番組を持つ夢を追い続けていた。
そんな彼が、ある日突然倒れてしまい、仕事に穴を空けてしまったことから、TV局との契約が打切られるかもしれないという状況の中、突然会社からクビの宣告を受ける。
会社はコウタに責任を押し付けて、TV局との契約を維持した体になる。
自分達さえ生き残ればいいのか?
ふざけんな。
仕事がすべてだったコウタ。
どん底に突き落とされたコウタは、酒に溺れ、ドラッグに手を出し、身も心もボロボロになる。
そんな折、番組撮影で海外に行った時、ワーキングホリデーという言葉を耳にしたことを思い出す。
日本なんかクソくらえ!
すぐにワーキングホリデービザを申請し、知人を頼ってオーストラリアへ旅立った。
ずっと仕事漬けだったから金はある。
が、目的は何もない。言葉もできない。
ただ、日本にいるのが嫌だっただけだ。
知人に紹介してもらった家に何とかたどり着き、金を払って居候をさせてもらう事になる。
いろんな国の男女が入り混じって一緒に生活してる。
言葉も通じなかった。
でも、そんな事はどうでも良かった。
日本のクソ社会からドロップして人生を放棄したようなもんだ。
朝からビールを飲み続け、一日中部屋で飲んだくれる毎日が続いた。
ある日、フラットのオーナーが声をかけてくれた。
何を言ってるのかわからなかったが、心配してくれているようだった。
シェアメイトも声をかけてくれるが、適当に返事を返すだけ。
毎日、泥酔。
このまま俺の人生どうなっちまうんだろう。
自然と涙がこぼれてくる。
ふと窓に目をやると、シドニー湾のオペラハウスが夕日に染まってオレンジ色に輝いてる。
何気なしに、部屋にあった誰かのカメラで、その輝いているオレンジを撮影した。
そんな事、ずっと忘れていたんだ。
オレンジ色に染まった、輝いてるオペラハウスの事なんか。
カメラの持ち主が、あまりにも綺麗な写真だったからと、勝手に写真展に出したら優勝してしまったらしい。
主催者がどうしてもこの写真を撮った人を紹介してほしいって事で、ムリヤリ外に連れ出された。
オーストラリアに来て、初めての外出。
ホテルのバンケットルームで、華やかなイベントが開催されている。
きらびやかな世界は久しぶりだった。
自分でも胸が躍るのがわかる。
そして、知らず知らずのうちに壇上に上がっている自分がいる。
ただ、サンキューとだけ何回も連呼して、1万ドルを受け取った。
やっぱり、自分は華やかな世界が好きなんだ。
翌日、主催者の所に訪問し、その日から主催者の人の仕事を手伝う事にした。
カメラの事はずっと仕事をしてきたから、ある程度は理解してる。
だが、動画ではなく静止画。
奥が深い。
優勝した1万ドルでカメラを買い、レンズを買い、どんどん写真の世界にのめり込んでいった。
フリーで撮り続けていると、日本人観光客を相手に商売ができる事を知った。
記念写真を撮って1000円で販売する。
旅行の記念で!と声をかけるだけで毎日何人もお客さんを獲得できた。
稼いだお金で自分の店をオープンし、夜間の語学学校に行き、ビジネスビザを経て永住ビザも取得した。
毎年開催される写真展に出展を続け、いろんな所から仕事が舞い込んでくるようになった。
でも長くは続かなかった。
バブルが崩壊し、観光客も激減した頃、彼は店をたたみ世界中を回る事になる。
今、彼は報道カメラマンとして、各TV局からのオファーが絶えない売れっ子になっている。
番組制作会社で働いていた頃のコネクションのおかげだ。
いつ、どこで、どんな出来事があるのか、嘘のような本当の話。

50歳で大学に進学したボブ先輩

シドニーで働いていた時、ビジネスでお世話になったボブ先輩がいる。
オーストラリア最大の通信会社テルストラ (Telstra Corporation/日本でいうところのNTTみたいな会社)で、ゼネラルマネージャーだった。
通信業界のあまりにも早いスピードに、さらに輪をかけて先を見据えて営業戦略を建てる。
毎日が時間との闘い。
競合他社との闘い。
オーストラリア最大手のゼネラルマネージャーともなると情報戦略も収集力も人脈もすごい。
オーストラリアでのビジネスの進め方など、たくさん教えてくれた。
そんなボブ先輩が、ある日【会社を辞める事にした】と突然連絡してきた。
携帯電話やインターネットをはじめとした通信環境が整備された後、新たなビジネス戦略など仕事に撲殺される毎日で自分を見失ってしまったと。
当時、ボブ先輩は49歳。
バリバリのビジネスマンだと思っていたのだが、実は精神的にも体力的にも擦り切れしまっていたのだとポツリと言われた。
これからどうするのか?と尋ねた所、感動的な答えが返ってきた。
【僕はオーストラリアの自然を愛している。今まであまり気にもしていなかったが、世界に誇れる大自然だ。そして僕は海が好きだ。だから海を守る仕事をやるよ。そのために、これから大学に行って一から勉強したいんだ。】
バリバリのキャリアを捨てて、母国の自然を守る仕事に就くために、この歳になってから大学に行って勉強をする。
日本では考えられないような選択。
50歳から大学に入り、同時に過去の人脈を頼り、グレートバリアリーフで毎日船に乗船してサンゴ礁の環境整備の仕事の手伝いをスタートさせた。
家族をシドニーに残したまま、自分のやりたい事を貫くなんて、自由気ままに過ぎるように思えたが、家族みんながボブ先輩を応援していた。
彼本来の生き生きとしたさわやかな笑顔が戻ったのだと家族は大喜びだった。
一度だけ、ボブ先輩が操縦する船に乗せてもらった事があるが、今までに見た事のない笑顔が、充実度を物語っていた。
今、ボブ先輩は、グレートバリアリーフのどこかで、真っ黒に日焼けしたさわやかな笑顔で、新たな人生を謳歌している。

未知の世界に勝負をかけたカオル

全日空グループの旅行会社で、営業マンとして活躍していた彼が、同僚の彼女と一緒に会社を辞めて、ワーキングホリデーを決意したのは、組織の人間関係のしがらみと時間に追われる生活から、解放されたかったから。
最初はニュージーランドにワーキングホリデーで飛び、現地に到着後、二人で貯めた貯金を崩してまずは車を購入した。
何か目的があるわけでもなく、闇雲に将来を模索しながら二人でニュージーランドを隅々まで放浪した。
お金がなかった彼らは、車の中で寝泊まりしキャラバンパークで食事の調理やシャワーを浴びる生活。
1年間の放浪生活に区切りをつけ、日本に戻って結婚式を挙げた後、アルバイトをしてお金を貯めてから今度はオーストラリアへワーキングホリデーで飛び立つ。
二人がニュージーランドの放浪生活で決意したことは、組織の中の歯車として働くのではなく、自分達で起業するという事。
そして二人が選んだ道は、飲食業の世界。
それも、日本で店を構えるのではなく、【海外で店を構える】という壮大すぎる大きな夢と目標を掲げた無謀な挑戦。
飲食の経験があるわけでもなく、経営の経験があるわけでもなく、ただ漠然とオージービーフの鉄板焼きの店を出そうと決意したそうで、オーストラリアに入国後、二人は別々の日本食レストランで働きながら、一から飲食の世界の勉強を始めることになる。
調理、フロア、仕入れ、メニュー作成、経営手法、集客方法・・・・・。
一から勉強すると同時に、自分達のアイデアを組み合わせながら、全く逆の手法を考えていった。
人通りが多い場所に店を構えるのが定石とされていた時代、二人はブリスベンのチャイナタウンの外れにある店をチョイスし、メチャクチャ安い費用で、居抜き物件の店舗を借りて勝負に出る。
先駆者たちに、【あんな人通りがない暗がりの場所に店を構えて、素人が飲食の世界に飛び込んだところで、成功するはずがない】と揶揄されながら。
そんな周囲の雑音を一切無視して、二人の独自の考えだけで、全く逆の発想で進めていった。
肉の仕入れについても、彼が独自でファームに出向き交渉し、いくつものファームと契約を結び、メニューも来店客の声と希望を出し続けて増やしていく。
【飲食の経験がなかったから、自分でメニューの考案が出来なかった】と笑いながら話していたが、来店したお客様が希望する料理を創作して提供し続けることで、再来店してくれたお客様が喜んでくれたことは容易に想像できる。
常連客を作り続け、常連客が他のお客様を連れてくるようになり、評判がどんどん上がって行くと同時に、地元のプロラグビーチームの選手たちにも評判が届き、試合がある度にパーティーを開いてくれるようになった。
彼自身が追求するこだわりや常識にとらわれない独自の発想が、周囲の批判を消したことは言うまでもない。
そして彼の評判は、オーストラリアから日本まで届くようになり、日本の某番組で料理の鉄人として出演していた重鎮たちも、その経営手法を視察に来るほどまで成長した。
最初は閑古鳥だった店が、今では彼の店はオーストラリアでも5本の指に入るほどの繁盛店になっている。
そしてゴールドコーストにも出店し、現在は2店舗のオーナーになって頑張っている。
皆さんもブリスベンを訪れた際には、ぜひ訪ねてみてください。
小生の自慢の後輩です。
Go for itの僕の名前を出していただければ、何か良い事があるかもしれませんよ!
あなたも新たな一歩を踏み出してください。
夢を見ることから始めなければ何も生まれない!です。

リュークとマーシーの恐るべし感覚。

パブで顔見知りだった、リュークとマーシー。
サーフィンが共通の趣味だったこともあり意気投合。
お互いのビジネスについても熱く語り合う仲だ。
ある日、リュークの会社の商品に魅力を感じたマーシーはビジネスタイアップを持ちかけた。
今となってはサーフィンも一緒に行く友人だし、いつも一緒にパブで飲む間柄で気心も知れている。
オファーを受けたリュークは、会社のオーナーに事情を話し、マーシーの会社を調べた後、契約を結んだ。
現場を取り仕切る事になったリュークとマーシーは、今までの商品にさらに付加価値をつけてマーケットに売り込んでいった。
互いにビジネス感覚を認め合いながら、どんどん業績を伸ばして行く。
順調に進んだビジネスだったが、ちょっとしたトラブルから、お互いに責任転嫁をするようになる。
日本だったら、どうなるだろうか。
トラブルの度合いにもよると思うが、まずは修正点を見出し、より業績を上げる施策を考えて行くと思う。
そして、次にトラブルが起きないように施策を建て、充分に注意をしながら事を進めて行くと思う。
ところが、オーストラリアでは大きく違う。
契約書を下に、すぐに裁判に持ち込むのだ。
ちょっとしたトラブルでだ。
あれほど仲の良かったリュークとマーシーは、互いに弁護士を立てて裁判所で互いの主張を言い合う。
そして、判決が下る。
日本だったら裁判までしたのだから、あれほど仲の良かった友人同士でも疎遠になってしまうのではないだろうか。
ところがオーストラリア人は違うのだ。
裁判所であれほどガンガンに主張し合った二人が、判決が下った後、いつものパブで一緒にビールを飲んでいるのだ。
この感覚が本当に信じられない。
こちらとすれば、リュークとマーシーに対して、どう気づかいをすれば良いのか見当もつかない。
ビジネスはビジネス。
プライベートはプライベート。
本当にこんなに割り切れるものなのだろうか。
そして判決結果をもとに、契約書を見直して少しだけ修正したのみで、今までと同様にビジネス契約が生き続けている。
裁判の翌日には、一緒にサーフィンにも行き、パブでは今までのように大声で笑っている。
恐るべしリュークとマーシーの感覚。
残念ながら、日本人の当方には考えられない。
人として器量が狭いのかもしれないが、カルチャーギャップを感じざるを得ないのだ。

好きなことを追求した結果に得られたモノ

彼の目的はただ一つ。
【オーストラリア大陸を、単独でバイクで走りまくってくる。オーストラリアの道という道をすべて走破して、最北端、最南端、最東端、最西端まで必ず到達する】という目的で、ワーホリで飛び立ったマサ。
最初の到着地はシドニー。理由は、東京ビレッジがあるから。
東京ビレッジは格安のバッパーで、バイク仲間が集まる事で有名だった。
現地に到着後、2ヶ月間語学学校に通いながら、オーストラリア大陸を周遊できるバイクを探しまくる毎日。
バイクを探し続けて2ヶ月目、語学学校が終了の頃に、ロードもオフロードも走れる万能性のバイク【ホンダ ドミネーター650】を中古で購入できることに。
整備と準備をしっかり整えてから、1週間後に彼の大陸制覇の冒険がスタートする。
シドニーを発し、キャンベラ・メルボルンと抜け、大陸最南端のウイルソン・プロモントリーに達し、フェリーでタスマニアへ。
タスマニアを一周し、フェリーで大陸に戻り、アデレードからナラボー高原を超えてパースへ。
パースから北上し、最西端のスティーブポイントを達した後、モンキーマイア・カナーボンを通り、海岸線をさらに北上し、ブルーム・バングルバングルを抜けて東西の分岐点であるキャサリンへ。
キャサリンから、一気にエアーズロックへ南下した後、東海岸のケアンズへ向かい、その後、最北端である七夕ケープに達した後、南下しながら、最東端であるバイロンベイを目指し、シドニーまで戻ってくる壮大な周遊と冒険。
総走行距離は、46,000キロにも及び、10ヶ月間に渡るチャレンジの間、ハリケーンや砂漠地帯の熱気との戦い、転倒による骨折や原因不明の高熱、バイクの故障トラブル、とにかくこの壮大な挑戦は、自分との戦いの連続だった。
そして帰国した後に、単独で周遊している間に書き溜めた毎日の日記をたくさんの写真と合わせて、個人のサイトを立上げて発表した。
まもなくして、彼のサイトがバイク雑誌の編集記者の目に留まったことで、彼の人生が一変する。
バイク雑誌を発行している会社からオファーを受けて契約し、現在彼は世界中をバイクで単独走行しながらライターを努めている。
バイクの性能をチェックしたり、そのバイクを売り込むための記事を作るためのライターだが、まさに彼にとっては天職を見つけたことになる。
自分が好きな事を単純に追求し、挑戦した結果、それを認めてくれた会社があったという事。
タイミング的なモノ、運命的なモノもあると思うが、自分の行動が相手に届くことがあったり、お互いにそのキッカケに気づくか見過ごすかで、人生そのものも大きく変わる。
人生って、何がキッカケで、どのように変わって行くのか、どのように進むのか見えないから本当に楽しい。
結果として、自分の生きてきた過程が間違っていなかったと、年を重ねた将来に笑顔でいられればホント幸せだと思う。
夢を見ることから始めなければ何も生まれない!
未来の扉は自分で開く!信じなければ出来ないし、目指さなければ叶わない!
Go for it !!
ぜひ、あなたも新たな挑戦に一歩を踏み出してください。

交際するのに契約書?

シドニーに在住していたユウコから聞いた話。
オージーの超イケメンの彼と出会えて、晴れてつき合う事が出来た、と舞い上がってたユウコ。
自慢の彼を連れて、毎日のように一緒に過ごしていたまでは良かったが、ある日、交際の契約書のサインを求められることになる。
交際に契約書?
ユウコは、正直戸惑う。
果たして契約書に書かれていた内容は・・・
毎日、交代で朝食と夕食を作る。
毎日、一緒のベッドで寝て夜の営みをする。
洗濯は週に1回、交代で担当する。
掃除は週に1回、交代で担当する。
週に一度は家族(相手の親)と食事をする。
月に一度は旅行に出かける。旅費は折半。
友人との食事は1週間前に伝える。
他の人と遊びに行く時は日帰りのみ。
毎月2人で貯蓄をする。
お互いに浮気はしない。
記念日には互いにサプライズをして喜ばせる。
その他にも、カーテンの色、ペットを飼う、花の水やり、食器洗い、シャワーの時間・・・・・。
微に入り細に入り、細々と30項目くらい書かれている。
何これ?
何のためにコレが必要なのか?彼に問いただしたところ、答えはこうだった。
【僕はユウコと結婚をしたい。僕が求める条件を書きだしたからユウコも条件を書き出してほしい。お互いに約束を守る事が出来れば結婚してもうまくいく。でも約束が守れなかったら信頼できない人になるから結婚はできない。僕の友人は契約が守られなかったことで裁判になって慰謝料を払った。】
マジか?
今まで日本で何人かの人とつき合った経験があったユウコも、こんな事を聞くのは初めてだった。
要は【結婚を前提にしたおつき合いをする契約書】ってことだ。
国が変わると、つき合うにも契約書が必要になるなんて。
婚約破棄とか離婚調停なら理解も出来るが、まだつき合い始めたばかりの段階で契約とか裁判なんて信じられない。
そして、ユウコも自分の条件を紙に書きだしてはみたが、今まで考えたこともなかったので、彼の条件に譲歩する感じで、2人でサインをしてお互いに契約書を持つことになる。
果たして、仕事で疲れていたり、体調を崩したりして、食事の担当が出来ないことが増え、ケンカが絶えなくなった結果、契約不履行という事で2人はつき合って6ヶ月で別れる事になってしまう。
国や文化が違ったとしても、こんな契約書考えられるだろうか?
結婚をするために、お互いに信頼できる人かどうかを確かめる契約書なんて。
結婚を意識する二人の間には、契約書だけで語れるものではないハズ。
お互いの存在が必要で、お互いに話し合い理解しあって、根底の所でお互いが繋がる方が遥かに大切だと思うのだが。
契約書に縛られるような、つき合いなんて正直うんざりだと、心からこぼしてたユウコ。
留学やワーキングホリデーで滞在していると、いろんな出会いがあり、いろんな文化を知る事が出来るけど、自分にとって、最高の出会いを掴めるように、いろんな世界観を知る事も大切だ。

永住ビザを取得したマリちゃんの道程

日本では、飲食の世界で厨房を任されていたマリちゃん。
その責任感でのストレスと、腰と膝を痛めた事から、一念発起で以前からの夢だった海外生活へ飛び立った。
渡航先は、カナダとオーストラリアで迷ったが、当時はオーストラリアのワーホリの年齢制限が25歳までだったので、カナダのワーホリはオーストラリアのワーホリ経験後に考えるとして、まずはオーストラリアのシドニーへのワーホリを決断。
到着してから、まずは語学学校に行き、語学力をブラッシュアップし、その後、働きながら海外生活を満喫しよう。
そんな思いで計画を立てる。
仕事をするなら同じ職場に日本人が居ない場所、日本人があまり来ないようなエリアでカフェのウエイトレスをしたいと考えた。
語学学校が終了した後、レジュメを出し続けて58件目。
カフェでの仕事をあきらめかけていた時に、ようやく日本での飲食経験が認められて働けるように。
ただ、働く条件は、ウエイトレスではなく厨房とのこと。
厨房の人が辞めてしまったので、その後任を求めているという事。
悩んだ末、58件もレジュメを出し続けてトライした結果、ようやく得られた仕事だったので、働かせてもらうことになる。
日本での厨房での仕事に比べて、時間に追われることもなく、力仕事もなく、簡単な料理ばかりだったので、テキパキと仕事をこなしているうちに、カフェのオーナーから相談したい話があるとのこと。
まさか、クビ?
仕事もちゃんとやってるし、遅刻も無断欠勤もしてないし、何だろう?と不安に思いながらオーナーと向き合うことに。
オーナーの話は、ビジネスビザをオファーするので、うちで正式に働いてもらえないか?という事。
マリちゃんから、「カナダへのワーホリの夢も捨てられないし、オファーを受けるべきか」という相談メールが、その日のうちに僕に届く。
何件も断られ続け、ウエイトレスの仕事がゲットできなくて、毎日のようにネガティブなメールが届いていた頃とは見違えるほどポジティブなメール。
迷わず、オファーを受けた方が良いと答えた。
こんなチャンスはあまりないから絶対受けるべきだと。
ワーホリビザが切れたら、ビジネスビザに切り替えて、ビジネスビザで滞在している間に、永住ビザも申請すればいい。
永住ビザを取得してから、カナダへのワーホリを実現しても遅くないから。
そうアドバイスした。
そして、ワーホリ ⇒ ビジネスビザ(4年)を経て、晴れて、永住ビザの取得が実現する。
永住ビザ取得後、彼女はカフェを辞めて、カナダのワーホリも断念して、興味のあったウエディングプランナーの仕事に就くことになった。
3年ほどプランナーとして働いたのち、将来の目標を設定しなおす目的で、日本に一時帰国しいろいろと比較し模索した。
すでに、ネイティブに近い語学力を身に着けていたが、カナダへの憧れも捨てきれないので、カナダ留学も視野に入れつつ、結婚も考えつつ、一人で生きていくことも考えつつ、彼女の夢は無限に広がっている。
日本に滞在しているので、たまに会って飲みに行くが、最初はお客さんという立場だったのが、今では飲み友。
オーストラリアでの経験が、自分の自信に繋がって広い視野と交友関係の中で、新たな将来像を模索している。
海外生活の憧れという漠然とした気持ちから、大きな夢と希望が持てるような人生観に大きく成長した。
ぜひ、皆さんも夢と希望の先にあるモノを見つけられるように、充実した海外生活を送られてください!

バスの運転手がバーガー片手に運転

今から25年近く前の事。
仕事が早く片付いて、バスで帰っている時の出来事だ。
バスの車内は学校帰りの学生や、一般の人達が乗車していて、それなりに混んでいる。
突然、バス停でも何でもない所にバスが停車した。
と思ったら、バスの運転手がバスを降りて道の反対側へ渡って行くではないか。
何のアナウンスもなく・・・。
どうかした?何かあったのか?
車内から何人かの人たちが、バスを降りた運転手の方角を見ている。
停車したままのバスに乗車している乗客がザワザワと騒ぎ始める。
10分くらい停車していただろうか。
バスの運転手が紙袋を抱えて、バスに戻ってきた。
【ソーリー♪】などと言って、何事も無かったかのようにバスを運転し始めた。
そこからが驚きだ。
持っていた紙袋をゴソゴソしたと思ったら、ハンバーガーとドリンクが出てきた。
そして、ハンバーガーをパクつきながら、片手で運転してるではないか。
ドリンクのストローをチューチュー吸いながらの運転だ。
車内全員があきれ顔。
一人の老婦人が運転手に向かって、大声でクレームしていたが、他の人達はあまり関心がなさそう。
隣に立っていた人に【こんな事あるのか?】と聞いてみたら、【たまにね】だって。
こんな事、日本では絶対にありえないシチュエーション。
事故でもしたらどうなるんだろうか。。。。。
これも文化の違いなのか、新たなカルチャーギャップを楽しんだ次第である。

ディテンションセンター送致の危機!?

9.11の衝撃の後、各国の入国での荷物検査が非常に厳しくなった事は周知の事実。
今までは荷物検査もそれほど厳しくなかったのだが、テロ防止の意味で空港職員や手荷物検査の係員が一気に増えて、入国者に少しでも気になる事があれば、ランダムにバゲージを片っ端から開けさせてチェックする。
これは、9.11の翌年の話。
永住者のヒロがシドニーに入国した時の事。
いつも通り日本からオーストラリアに戻る際、スーツケースの約半分を日本の焼酎や柿ピーやタバコなどを詰め込んで、お土産で持ち帰っていた。
日本で2千円程度で買える焼酎が、オーストラリアではなんと100ドル前後もする。
タバコは1箱10ドル前後もするのだ。
焼酎好きでも高価なので、なかなか手にすることがないので、仲間内のお土産としてはうってつけなのだ。
そして日本のタバコも。
早朝に空港に到着し、今までと同様にバゲージをピックアップしガムを噛みながら検疫に向かう。
そこで事件が起きた。
検疫チェックの際、食べ物欄に【何も持っていない】をチェックしていた。
それが、いつもの事だった。
ところが、係員が近づいてきて検疫シートを見せろと近寄ってきた。
食べ物欄には【何も持っていない】とチェックしてるが、今食べてるのは何だ?
ヒロは何気なく【ガムだよ】と答えた。
【食べ物じゃないのか?念のためにバゲージの中をチェックしたいから開けて。】
真っ青になった。ヤバイ。
スーツケースの半分は、タバコ5カートン、焼酎5本、柿ピーや酒のつまみが詰まってる。
英語がわからないフリをして、スーツケースを開かずにいたら、【オープン !!】とちょっとトーンを上げて指示してきた。
仕方なくスーツケースを開けて中身を見た途端に、係員の顔色が変わり何やら無線で話しだしたと思ったら、あっという間に3人に囲まれる。
そのまま別室へ連行。
別室で、洋服をすべて脱がされ、下着一枚になりすべての持ち物をチェックされる。
財布のチャックもすべて開けられ、靴底、スーツケースのカバー、持ち物すべてのチャックを開け、カバンの取っ手までチェックしてくる。
傍らでは、永住者のくせに英語がわからないフリをした、何度もやってる常習者かもしれない、いろんなヒソヒソ話が聞こえてくる。
そこで本当にヤバイと思ったのが、【ディテンションセンターへ連れて行け】という言葉。
ディテンションセンターと言ったら、出入国管理法違反や麻薬などの持ち込みで逮捕されて入れられるブタ箱じゃないの。
そんな言葉が聞こえてきてから延々と5時間もいろいろと聞かれて絞り上げられた。
延々とひたすら謝って、何とか解放してもらえたが、ペナルティーとして罰金1000ドル。
日本円にして約10万円。
現金を持っていないので、クレジットカードでペナルティーを清算した。
5時間後に、無事に入国はできたのだが、大きな代償を支払った。
全てのお土産を没収され、さらに罰金10万円を徴収され、自分の名前が入国管理局に登録されてしまったのだ。
わかっていた事だが、慣れて来た頃が、一番トラブルに遭いやすい。
今、入国の際の注意として、このような事例を話して紹介をしているのでトラブルは起きないが、これから渡航を予定している方は、ぜひ注意をしてほしい。
そして慣れている方は特に万全の準備と注意を払っていただきたいと願う。

路上ライブだけでオーストラリアを一周してきたツワモノ

彼の得意な楽器はサックス。
サックスで、多くの人に感動を与えたいという想いが強く、サックスを吹いている時だけが本当の自分に向き合える瞬間だった。
そんな彼が、ワーホリでオーストラリアのシドニーに来た目的は、「サックスの路上ライブだけで生活費を稼ぐ事が出来るか」という挑戦が目的だった。
語学学校に通いながら、シドニーのロックス、ピットモール、マッコーリポイント等で、ストリートミュージシャンとしてサックスを吹きまくる毎日。
多くの観光客から賛辞を浴びて有頂天になり、宿代も稼げるようになった時、彼の脳裏に浮かんだのは、路上ライブで大陸を一周しよう!という事。
3ヶ月の語学学校が終了したと同時に、その目的を果たしたいと相談を受けた時は、あまりにも無謀な挑戦だと感じざるを得なかった。
が、サックスだけで生活する事をやり遂げたいという熱意がすごく熱く、連絡を取り合うことを約束に、みんなで応援することに。
路上ライブだけでの生活となると、多くの人や観光客が居なければ、成り立たない事から計画も大きな都市と観光地を周遊してくるルートを綿密に作りだした。
そして、メルボルン、アデレード、グレートオーシャンロードを抜け、一気にパースまで向かった。
各都市でのたくさんの人と出会い、多くの人に支えられながら、パースでは、地元の結婚式にも呼ばれた。
翌週に結婚式を迎えるカップルが、たまたま路上で吹いていた彼に声をかけ、結婚式で吹いてほしいと依頼してきたのだ。
結婚式に出る服を持っていないと言うと、スーツ代と演奏料として、その場で$2,000も手渡された。
その日から結婚式の日まで、カップルの家に居候をしながら、演奏する曲目を決めていき、結婚式当日は彼のサックスの演奏で大いに盛り上がったと、結婚式でサックスを吹いている写真と手紙が送られてきたときは、本当に驚いた。
彼の強い意志が、きっと周囲に影響を与えた結果なのだと思う。
しばらくパースに滞在した後、エアーズロック、アリススプリングスを抜けてケアンズへ向かい、ケアンズから、東海岸を一気にシドニーまで帰ってきたのですが、半年後に、シドニーに戻ってきた時の彼は、見違えるほどの逞しさを感じた。
無謀な挑戦だと思っていた事が、ひとつずつクリアされていくと、どんどん新しい目標や目的が生まれてくる。
その目標や目的をクリアしてきたことに、彼自身が、本当に自信に満ち溢れているように思えるのだ。
どんな時でも、どんなシチュエーションに遭遇しても、不退転の強い意志があれば、きっと好転するように、神様が見ていてくれるように感じます。
どんなにつらくても、前を向いて行くこと!
彼は、パース在住のカップルの結婚式での演奏者として、太い繋がりができたことも大きな財産だと話しながら、その後、メルボルンで知り合った韓国人の女性に会いに行きました。
結婚したら連絡をすると言ったまま、未だに連絡がないのですが、幸せになっていることを願っています。
ぜひ、あなたも新たな一歩を踏み出してください。
夢を見ることから始めなければ何も生まれない!
未来の扉は自分で開く!自分を信じなければ出来ないし、目指さなければ叶わない!です。

現地でのタブー

現地滞在中、ホームパーティーに招待されることがある。
明日夜7時からパーティーだから遊びにおいでよ。
と言われると日本人の多くは7時ちょっと前、もしくはオンタイムに向かう。
ところが、ホームパーティーの場合は30分程度、遅れていくのが通例なのだ。
7時からパーティーというのは7時から準備をするという意味合いもあるので注意が必要。
あまり早く到着すると【チッ!】と舌打ちされて手伝わされる。
30分程度遅れて手頃なワインを1本持参して向かうのがベース。
服装はラフな格好で。
そして現地で知り合いができた時、コミュニケーションを取る前から、国籍、年齢、名前をいきなり聞く事は失礼になる。
特に国籍や年齢には敏感だから、あまり安易に聞くことは避けた方が良い。
名前についても、まずはコミュニケーションを取ってから。
紹介者がいる場合は、I’m Sakamoto と自己紹介しますが、出会ってすぐに「Hello, What is your name?」と、いきなり聞くのは不自然なのだ。
特に、私たち日本人は人種については何気なく言うが、髪の毛、肌の色、目の色、等は全て差別になるので気をつけよう。
そして、黒人、白人という言葉は差別用語だから覚えておくといい。
ホームステイの希望を受ける際に、カナディアンの家が良い、白人の家が良い、という希望を受けますが、現地で手配をしている我々にとっては非常に困るリクエスト。
手配をする我々自身が無知と思われてしまうし、人種差別をしている人をホストは快く迎え入れてくれないからだ。
ぜひ気をつけていただきたい。
また性別についても、オーストラリアやカナダは同性愛を受け入れている国なので、同性愛者を真っ向から否定することは避けた方が良い。
チップについては、カナダはチップ文化。
チップだけで生活ができるほどの繁盛店では仕事の倍率が高い。
サービスを受けた事に対する気持ちを払うのがチップで通常はお会計の10%程度を支払う。
お会計がC$20であれば、チップはC$2~C$3程度。
日本人で笑顔のままチップを払わずに店を出ていく方を意外と多く見かけるが、カナダでは失礼にあたるので気をつけよう。
ただしサービスが悪かったり、店の雰囲気やスタッフの態度で気分を害した場合は、チップとして¢1を置きます。
これ以上低いお金がない、崩しようがないお金の¢1コインだけを置くのです。
最悪だったという嫌味の意味で。
また、オーストラリアやニュージーランドではチップの風習はありません。
が、タクシーで重い荷物をトランクに乗せてもらったりした場合は、心付け程度に払いましょう。

セカンドワーホリ申請の詐称で強制送還

なんてバカな事をしたのか。。。。。
彼はオーストラリアにワーホリで渡航し、語学学校に通学し、ローカルのビル清掃の仕事しながら、友達も少しづつ増えてきて、順風満帆にワーホリライフを満喫していた。
8ケ月ほど過ぎたある日、【セカンドワーキングホリデービザ】という制度が、新しく出来るらしいという事を耳にし、各方面に情報収集のネットワークを張り巡らせた。
内容はシーズナルワーカーとして、農業、漁業、建築業のどれかの職で、90日以上就労すれば、セカンドワーキングホリデービザを申請できるというもの。
ワーホリビザの残りは5カ月弱。
今から就労すれば、もう一年間オーストラリアでワーキングホリデー(ワーホリ)ができる。
ずっとファーム(=農業)で働いてみたいと思っていた彼は、渡りに船とばかりに、ビル清掃の仕事をやめ、ファーム探しに没頭する。
実際にファームに行ってみると、90日間ずっと働けるモノだとばかり思っていたのだが、収穫時期のみの仕事しかできない。
実際に働けたのは3週間程度。
次のファームを探し、移動し、働いても稼働日数は2週間程度。
ビザの期限がどんどん迫ってくるし、自分で働いてもこのままだと90日に届きそうもない。
そんなモヤモヤのなか、韓国人からこんな噂を耳にする。
【実際に働いた人の就労証明をそのままテイクオーバーして、自分が働いたように見せかけて申請する】というもの。
実際に、それで取得できたという話があっという間に広がった。
自分で働いても日数が足りそうもない中で、彼は就労証明を譲ってくれる人を探し始めた。
中にはバッパーの人がサインしてくれるよ!なんて言う輩もいる。
バッパーではファームの紹介のみなので、バッパーの人のサインをもらっても意味ないのに、セカンドワーキングホリデーの制度が生まれたばかりで、情報が錯乱してる状態。
しばらくして、彼は実際に働いた就労証明を売ってくれるという人を見つけ出し、これでセカンドを申請できると考え、ファームで稼いだお金で旅行に出てしまった。
後日、購入した就労証明を元に申請をすることになる。
結果、パスポートチェックの際に、購入した就労証明の就労期間中に、ニュージーランドへの旅行がバレてしまい、つじつまが合わなくなってしまった。
働いているはずなのに、なぜニュージーランドへ旅行に行ってるのか?
厳しい詰問の末、セカンドワーホリビザの申請は却下。
そして、そのまま収監させられ、まもなく強制送還される身となった。
今後、最低でも5年間は海外に出る事も出来ず、ましてやオーストラリアにはもう二度と入国が出来ないレッテルが貼られてしまった。
セカンドワーホリを考えている人達は多い。
だが、お粗末な末路に陥る人も少なくない事を知っておいてほしい。

ニュージーランドの小ネタ

■小ネタ1
ニュージーランドで30才未満の人達が現地で口座を開設するときは、ANZかBNZのどちらかの銀行を選択できます。 特典は、BNZの場合、口座維持手数料が無料ということ。引き出しも照会ももちろん無料なので、20代後半まではBNZ銀行がお勧め。ギリホリ(笑)は、問答無用でANZのみです。
■小ネタ2
皆さん、ご存知ですか?ニュージーランドは、意外にもCMの撮影が多いんですよ!以前に放映されていた、山瀬マミさんが出ていたキンチョールのコマーシャル。あれ、ニュージーランドです。その他にも、日清、トヨタ・他・他・他。自然を活かしたイメージコマーシャルは、ニュージーランドやオーストラリアの撮影が多いんですよね。
■小ネタ3
ニュージーランドの労働法と密接に関係があるんですが、休日に働く人への給与は約2倍近く上がるため、レストランのメニューも通常の金額より15%も上がってしまうんです。平日は$10でも休日は$11.5になるんです。同じメニューなのに。
■小ネタ4
最近多い犯罪の一つが空き巣。最近捕まった犯人は、なんと1週間で200軒もの犯行を重ねてました。しかも狙う先は、アジア人の家ばかりです。当地で生活する際には、しっかりと鍵をかけて用心してくださいね!
■小ネタ5
ニュージーランドの先住民である、勇猛なマオリ族。ニュージーランドの地名はマオリ語が多く用いられています。そして、実はあまり英語が得意ではないような感じで、ローマ字読みをしたりします。
■小ネタ6
南島のマルイア(クライストチャーチから車で4時間くらい)には、日本人経営の温泉があります。5年越しで温泉を掘り当て、日本と同じような温泉環境が整ってます。僕の友人のヨウスケ君もココで働いていました。
■小ネタ7
交通事情について。とにかく駐禁にはウルサイんです。こちらでは、警察ではなくシティーカウンシル(役所の人)が取り締まりを行います。停めてはいけない場所に停めただけで罰金です。期日までにシティーカウンシルに行って、罰金を納めなくてはなりません。それと、クラクション法。シティーでクラクションを鳴らして、シティカウンシルに見つかるとその場で停められて罰金です。日本では、ちょっと信じられませんよね。レンタカーを借りて運転するときは注意してくださいね。
■小ネタ8
レンタカーと言えば。最近ヨーロッパからニュージーランドに観光で来る人達に人気なのが、キャンピングカーをレンタルして周遊する旅行スタイルです。通常は、キャラバンパークのような場所で滞在するんですが、そのような場所がないエリアでキャンプをする時は絶対に注意です。昨年、オランダ人夫妻がキャンピングカーで周遊していた際、キャラバンパークではないエリアでキャンプをしていました。その際、暴漢に襲われるという事件がありました。なので、キャンプをする際、キャンピングカーで周遊する際は、必ず所定の場所で滞在するようにしてくださいね。
■小ネタ9
お金持ちの見分け方。お金持ちかどうか、簡単な見分け方があります。まあ、これは個人的な見方なので、すべてに共通するとは言えませんが。実は、ニュージーランドの家庭では大抵は猫を飼っている家が多いんです。これもニュージーランドの文化ですね。ところが、犬を飼っている家も少なからずあります。ただ、犬を飼うにはいろいろと規制があるので、非常にお金がかかるんですね。必ず、首輪、予防接種が必要になり、高額な登録料を納めます。さらに、もしも飼い犬が他人に噛みついたら、飼い主に罰金刑が届きます。そして、噛みついた犬は保健所に連れ去られてしまうんです。だから調教にもすごくお金がかかってしまうんですね。ニュージーランドの一般的な家庭は猫を飼っていて、お金持ちのお家は、犬を飼っている。こんな図式がニュージーランドにはあるようです。
■小ネタ10
ニュージーランドというと、オークランド・クライストチャーチという都市が有名です。でも、首都はウェリントンなんですよね。人口は、オークランドの約140万人対して、首都のウェリントンは約30万人。首都なのになぜなのか?一つには、政治中心の街と言えます。そして、他国からの乗り入れる国際線が少ない、風が強い、レストランが少ない、物価が高い。小洒落た街なんですが、一般的には海外から来る人にとっては住みにくいと言われてます。もしウェリントンを訪ねる機会があったら、感じてみてください。
■小ネタ11
フラットを探すときのアドバイス!昔建てられた風情のあるフラットで、10部屋以上あるようなフラットには、個人的には住みたくありません。なぜなら、元病院とか、元老人ホームだったりするんです。これらをリノベーションして、フラットとして売り出したり、賃貸物件として貸し出したりするケースが多いんです。昔、その部屋が病室だったりすることを考えると、あまり住む気になれません。
■小ネタ12
もしもヨーロピアンと旅先で出会いたかったら。ロンリープラネットという本を入手してください。ヨーロピアンの旅行のバイブルで、ほとんどのヨーロピアンが知っているガイドブックです。これを元に旅を続ければ、いろんな旅先でヨーロピアンと友達になれると思いますよ!
■小ネタ13
ニュージーランドにもダニが居ます。しかも、体調が良いときは絶対に刺されない。ちょっと体調を崩したりしたときに刺されたりします。毎日寝ているベッドなのに、突然全身がブツブツになってしまったり。こんな時は、日本から持って行ったかゆみ止めは効きません。なぜなら、免疫がないから。近くの病院で治療してもらって、現地の薬を入手しましょう。刺される以前に、しっかりと体調管理しておけば、問題ないですけど。

Wish List(願望リスト)自分の人生を変えたモノ

俺は、いったい何が好きで、何がやりたいんだろう?
この先、どんな道が待ってるんだろうか?
どう生きて、何を目指して、どう進めばいいのか?
このままで良いんだろうか・・・・・。
英語もできないのに、不本意ながら会社の命令で海外赴任することになってしまった、24歳のサラリーマンだった頃、自分に向き合えず、逃避行の連続なのに不安ばかりが募る毎日。
知り合いもいない、日本人もいない、日本語を話す通訳の人だけが頼りの毎日。
ヌーサなんて誰も知らないエリアで、毎日通訳と一緒にホテルやサプライヤのところに行き契約を結ぶ毎日。
もう一人の自分が言います。
良いんだよ。今のままで。どうせ何も見つけられないんだから何も悩むな。
サラリーマンで定年退職するまで、今のまま平々凡々と歳をとって行けば良いんだ。
自分の中で、自分が2人いる感じ。
歳をとってから、「若い時に、やっときゃ良かった・・・・・」という後悔だけはしたくない。
でも、何をやればいいのか、わからない・・・・・。
みんなが楽しいと言う事も、実はあまり好きになれない。
スキルが無い、何かに秀でた能力もない、手に職もなく、好きな事も見つけられずに、惰性と無力感とともに悶々と過ごす日々。
ある時、「ラウンド最高!」という言葉が耳に飛び込んできた時、そのラウンドというモノが知りたくて、ラウンドって何が最高なのか?聞いてみた。
話を聞くと、「ラウンド」とは、ほんの少しのお金だけで、自分一人で何とかして周遊(旅行)するという事。
行った事のない場所に、たった一人で根無し草のように放浪して、いろんな人に出会ったり助けられたり、いろんな事に挑戦したりする事だと言う。
そして、お金が無くなったら近くのファームで小銭稼ぎをして、また新しいエリアへ移動するスタイルだと。
そんな知らない人の話しを聞いて、今まで自分から挑戦した事が無かった自分の気持ちが何となく変化した。
今の自分を何とか変えたい。
何かやらなきゃいけない。
その「ラウンド」っていうヤツをやってみたい。
唐突に、旅行のカタログを集めて片っ端から漁った。
メチャクチャ美人の女性が、きれいな景色をバックにトップレスで写っている写真、それを目にした途端、そこに行ってみようと。
オーストラリア西海岸の中ほどにある、モンキーマイア。
イルカの餌付で初めて成功したと言われている場所。
とりあえず、休みを取って行ってみよう。
行くっきゃない。Go for it !
そう思い立って、すぐにパース行のチケットを買い翌日飛び立たった。
パースに到着したのは良いけど、勝手がわからず交通機関の利用法も分からずアタフタ。
大らかで優しい人達に助けられながら、モンキーマイアまでの行き方を教えてもらい何とかバスに乗り込む。
優しいオバサンがバスの運転手に【モンキーマイアに着いたら、彼に教えてやってくれ】とまで言ってくれたのを記憶してる。
そして、グレイハウンドを利用して一気にモンキーマイアへ。
バスの中から見る景色が、すごくのどかで綺麗な風景が新鮮に感じられる。
唐突な行動に、正直自分でも驚いてる。
ボーっと景色に見とれてた時、ふと宿を予約していない事に気づいた。
大ピンチの時に、必ず頭の中で響くベートーベンの運命。
ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン♪ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン♪
警鐘が響く・・・・・。こういう時に必ず頭の中でよぎる音楽。
モンキーマイアまで行って宿が無かったらどうしよう・・・・・。
でも、今更どうしようもない。行って何とかするしかない。
今までの自分には考えられなかった無計画の旅行スタイル。
開き直りの気持ちになれる自分。
いざ、モンキーマイアに着くとバスの停留所で看板を持った人達が何人もいる。
ヒッチハイクの時に、行き先が書いてあるようなボードを持ってる。
彼らは、バスを降りた乗客に向かって名前を聞いてる。
名前を確認した後、その乗客のスーツケースを持って自分のワゴン車に誘導していく。
何なのか?
最初から迎えと宿の予約をしているんだろうな、と想像した。
最終的に、ボードを持っている人が1人残った時、自分に名前を聞いてきた。
自分の名前を告げると、違うな・・・・という感じで、そのまま帰ろうとしながら、今日の宿はあるのか?と聞いてきた。
Have you made your accommo reservation?
ないです。宿を教えてもらえませんか?ついでに、今晩部屋はありますか?
No, not yet.Could you please suggest an accommodation?and can i get a room for tonight?
じゃあ、うちに泊まりなよ!
という事で、その人の宿にお世話になることに。
いわゆるバックパッカーズ。格安の宿。
到着する予定だった客が来なかったから部屋が空いてるとの事。ホント、ラッキーなこともあるもんだ。
宿に荷物を置き、すぐにモンキーマイアに向かう。
パンフレットの写真とはちょっと感じは違うけど、家族連れの親子がイルカに餌付けをしている。
人数制限があって、お金がかかるという事で、餌付けはしなかったが、ここまで一人で来た余韻に浸ってる自分。
次の日、モンキーマイアから50キロくらい離れたシェルビーチに向かう。
白い貝殻が延々と100キロも続くビーチ。
辺りにはまったく何もない、真っ青な海と白い貝殻のビーチ。
今まで見た事もない景色の中で、ゆったりとした時間、のんびりした感じが何とも心地いい。
次の日も、次の日も、そして次の日も、近くの売店で買ったサンドイッチとビールを6本持って、朝から夕方までボーっと過ごす。
誰とも会話しない、テレビも音楽も何もない、何も考えない。
さざ波の音と鳥の鳴き声と風の音しかない中で、ただただボーっと。
5日目を過ぎたころ【俺いったい何をやってるんだろう・・・・】と、生気が戻ってきた頃、いろんな不安が頭を過ぎる。
もう一人の自分が【今のままで良いのか?俺はいったい何が好きなのか?何がやりたいのか?俺には何ができるんだ?どうすりゃいいんだ?】と頭の中で叫んでる。
不安でたまらなくなり、どうしようもない自分に対して、自然と涙が溢れてくる。
情けない。
その時ふと【気になってる事、やってみたい事を片っ端からやるっきゃない!】という気になった。
今回も、思い立ったと同時に行動できたし気になる事を全部やってみよう、と。
そして、バッパーに戻り、今やりたい事を紙に書き出してみた。
●ダイビングの資格を取って海に潜りたい。
●空から飛んでみたい。
●砂漠の中を、アクセル全開でかっ飛ばしてみたい。
●今のバカ上司を部下にして、アゴで使いたい。
●パリ・ダカールラリーに出場してみたい。
●富士山に登って朝日が見たい。
●週休3日で仕事がしたい。
●チャンピオンズリーグの決勝をVIP席で観戦したい。
●海の近くに別荘を持って、のんびり暮らしたい。
●サーフィンで世界一周してみたい。
●世界中に友達を作りたい。
●アメリカングラフィティの発祥地を訪ねてみたい。
●ツェルマットやモンブランで、スキーをしたい。
●007のように、スキーで国境を越えてみたい。
●10万円でヨーロッパを何カ国行けるかやってみたい。
●セントアンドリュースでゴルフをしてみたい。
●全国のラーメン屋を食いつくしたい。
●英語をマスターしたい。
●金メダルを取った人達と酒を飲んでみたい。
●ヘリコプターを運転して、自由に往来してみたい。
●世界三大なんとかっていう奴を見たい、食いたい。
●日本で一番古い居酒屋で酒が飲みたい。
とにかく、思いつく事、やってみたい事、気になる事を、何でも良いから書けるだけ、書き出してみた。
そして、すぐにできそうな事から、片っ端にやってみることにした。
正直、お金もかかるし、バカバカしいとも思う。
できそうな事をトライするために、夜間のバイトも。
周囲からは何考えてるかわからない。遊びすぎ。
いろんな事を言われる始末。
夢と現実の狭間で、呆れている自分と、自分探しに奔走する自分。
今思えば、本当に、もがいて、あがいて、今の自分を変えたい一心だっただけ。
しかし、これこそが、実は【Wish List】だった。
そして、このラウンドが今の自分の原点になった。
【Wish List】が、自然に作れたのだから。
今の会社の名前【Go for it(= 行くっきゃない!)】は、この時の気持ちなんです。
いろんな事をチャレンジしていくうちに、思い違いや自分に合わない世界が見えてきました。
たくさんあった興味が、だんだん絞れてきて、本当に自分が好きなモノ、そうでないモノ、向いてるモノ、不向きなモノが明確にわかってきました。
その中でも欠かせないこと、それは人との出会いでした。
新たな出会いが、友達が増えることが、楽しくて嬉しくて、大きな喜びに変わっていく。
気付いた事は、自分が経験したことがネタとなり、人とのコミュニケーションの幅を広くしてくれている事。
人との繋がりが、とても大切な財産になるという事。
人が喜んでくる事を提供することが、好きなんだという事。
そして、当時働いていた全日空グループの旅行会社は、自分が輝ける場所なのではないか、と思えるようになった事。
いろんな人達に出会う事が好きだし、その喜びを仕事に繋げられれば良いんじゃないか?と考えられるようになったんです。
自分と向き合っていろんな事にチャレンジした結果、旅行業界、サービス業界で頑張って行こう、という考えのきっかけに繋がったんです。
自分が決めた事を後悔しないために、自分の行動が正しかったと、大人になった時に思えるように、とにかく今を頑張ろう。
そういう答えを自分で導き出しました。
正直、その答えを見つけられるまで、お金は結構使いました。
危険な目にも何度も遭いました。
ロンドンのピカデリーサーカスでは、爆弾テロ事件にも遭遇しました。
中国の昆明で飛行機が墜落しそうになったり、バスが事故って動けなくなったり、アメリカの内部で宿がなくて一晩中車で走りまくったり、ガソリンが無くなって立ち往生して助けられたり、拳銃を突きつけられてお金を取られたり・・・。
そんな目に遭いながらも、お金を貯めて、次のWish Listを目指しました。
無駄遣いと思われるかもしれませんが、自分への投資に無駄なお金は無いと考えてます。
今、33ヶ国に友人がいます。
この人脈ネットワークは自分の財産でもあり、今まで生きてきた誇りです。
いろんな事を経験したことで、話すネタは尽きません。
話すネタがあるから、コミュニケーションや会話も途切れません。
友人達とのつき合いも、上っ面な付き合いではなく、太いパイプで繋がっていると思ってます。
いろんな意味で自信がつき、その結果、サラリーマンでは得られない、留学の会社を立ち上げた今の自分がいます。
まだまだ実現できていない【Wish List】はたくさんあります。
でも、やってみたい事を片っ端からやっつけて行くことが、今の自分にとってのモチベーションになっている事は確かです。
Go for it !!
未来の扉は自分で開く。信じなければ出来ないし目指さなければ叶わない。
スキルがあるから何かをするんじゃなく、新しい事に向き合うからスキルが生まれる。
このキャッチは、自分のポリシーでもありますし、弊社Go for it/商号ジョイネットのポリシーです。
単なる一例に過ぎませんが、ぜひ、皆さんも【Wish List】を作ってみてください。
きっと、自分が変われるはずです。
自分の将来を探し出せると思います。

留学 vs 遊学(ワーキングホリデー)

果たして答えは、どちらも素晴らしい経験が積めると思います。
留学と遊学(ワーキングホリデー)では、それぞれに違いがあります。
留学は、英語のカリキュラムに固執して勉強する事。
目指すのは語学力を身につけ語学スキルのcertificateを取得し、さらには各分野の資格(DiplomaやDegree)を取得し、自分のスキルを高めること。
遊学(ワーキングホリデー)は、一つの事に固執せずに、いろいろな事を体感して学ぶ事。
語学スキルの他に、海外で仕事をしながら生活し、各都市での滞在や周遊などを通して、自分の人間力としての幅を広げること。
ざっくり比較してみると、違いがよくわかると思います。
将来、自分が輝けるフィールドを模索するための手段として、果たしてどちらを選択すれば良いのか。
いろいろな考え方ができると思いますが、大切なのは【今の時代、これからの時代に、自分自身に必要な要素は何か】を念頭に考えておくべきです。
有名企業の破綻、撤退、AIの台頭による人員削減など、時代が大きく変動していく国際社会の中で必要なのは、生き残れる人間力、アイデア、創造力が求められると考えます。
それを得るためにはwish listを作成して実行してみると良いでしょう。
悶々と、何をしたいのか、何をすれば良いのか、どこに向かえば良いのか見つけられない場合は、片っ端からwish listをやれば良いんです。
得手・不得手を明確にするために些細な事でも良い。
自分が考えたwish listを実行している人は、その経験が糧になり、新たな発想や切り口に加え、行動を起こせる実行力で自信を持って向き合えますし、どんな環境でも対応できます。
ここで海外の就活事情と日本の就活事情をご案内したいと思います。
海外の就活事情
海外では、高校卒業時、目指すモノが見つからなければ、進学をしないで一度社会に出ます。
そして、実家を出て自立した生活をしていきます。
家賃・食費・遊興費を捻出するために、職種にこだわらず働き、自分に適していない仕事だと判断すれば迷わず転職します。
そして、転職する度にポジションが上がっていきます。
転職の度にポジションが上がる理由は、【いろいろな業界を経験することで、たくさんの業界のノウハウ・スキルが身についていると見なされ、壁にぶつかった時に様々な業界や会社を知っている事で、壁の乗り越え方や手法をたくさん心得ているから】です。
転職を重ね、自分に合った業界が見つかった時、この業界で頑張りたいと思えた時に初めて大学に行き、必要な事を学び、資格を取得していきます。
海外で30歳、40歳、50歳で大学に通う人たちが多いのは、こういう社会背景があるからです。
前述した、50歳で大学に進学したボブ先輩の例が大いに参考になると思います。
ボブ先輩の選択について、皆さんそれぞれの受け取り方、考え方、価値観が異なると思いますが、私個人としては素敵な人生を送っていると思います。
次に、日本の事情について考察したいと思います。
日本の就活事情
日本では高校卒業時、目指すモノがなくても【それを見つけるために進学をする】、【あらかじめ大学くらいは出ておいた方が良い】、【周囲が進学するから自分も進学】、【学歴が自分の履歴に必要】という考え方が大半を占めます。
そして、社会に出ていろんな職種を転々とすると【根気がない、仕事を追求しない】と見なされてしまい、良い印象を与える事が出来ません。
海外のように、いろいろな職種を経験し、いろいろな会社のスキルを得て、いろいろな会社の壁の乗り越え方を知っている方が、国際社会では通用すると思いますが日本の社会では、転職を重ねていると快く受け容れられません。
だから、職歴に加え、学歴や資格を持っている方が就活の武器に繋がる見方ができますし、資格を得ないと、その業界で働けないという環境もあります。
このような観点から、日本では遊学(ワーキングホリデー)経験よりも、資格を得ている留学経験の方が優位性があると考えられている現状があります。
しかしながら、今の時代に自分自身の将来を重ねて考えた時、留学と遊学(ワーキングホリデー)では果たしてどちらが良いのか。
【組織人として大きな会社の歯車として働く環境を選択する】、【自分らしく輝ける会社を選択する】、【会社組織に属さず独立して起業する】、【とりあえず資格だけは取得しておき何かをやる時に考える】など、他にもいろいろあるでしょう。
さらには【人生の中で一度は何かを成し遂げたい】と考える方もいるでしょう。
正直、罪を犯さなければ、何を選択しても間違いはないと思いますし、自分が決断した選択は、絶対に後悔したくない思いは誰にでもあります。
ここで前述した海外で独立した後輩のカオルの例を挙げてみましょう。
いろいろな考え方があると思いますが、勇気をもって何かに一歩踏み出したら、迷わずに後悔だけはしないように、しっかり向き合い突き進むことが大切です。
失敗を恐れず何かに挑戦し続けること、経験を積むことで自信が持て、自分の人間力の幅が広がり、魅力ある人として未来が拓けていきます。
今の環境をドラスティックに変えることで新しい世界が見えますし、行動を起こすことで自分の将来のヒントが必ず見つかります。
何より、一歩踏み出した自分の行動に、後悔は絶対にありません。
なぜなら、誰でもRise upできますし、自分が思い描いていた筋書き通りにならなくても、行動した経験は将来必ず何かの糧に繋がるからです。
将来後悔するのは【あの時決断していたら】とか【何かをしていれば】という何も行動を起こさなかったネガティブな行為だけです。
海外に出ることだけが成長の糧になるわけではありませんが、間違いなく自分の人生に刺激を与え、新しい考え方と価値観を植え付けてくれると思います。
一つの考え方
留学を選んだ場合、留学生として学校で語学スキルのcertificateを得て、さらにはDipromaやDegree資格を目指す事に主眼を置き海外生活を送ります。
その後、取得した資格を武器に、海外での就職・帰国後の就職を目指します。
遊学(ワーキングホリデー)を選んだ場合、いろいろな都市に自由に行き、いろいろな都市で語学を学び、いろいろな都市で仕事を学び、いろいろな都市で人脈を作り、気になる資格があれば、その都度取得する海外生活を送ります。
その後、海外での就職・帰国後の就職を目指します。
留学と遊学(ワーキングホリデー)の両方を経験できれば相当なスキルが得られると思いますが、予算と時間を考えると容易ではありません。
果たして、語学スキルと資格を翳して自分を売りこむか、それとも経験値と人脈と壁の乗り越え方のスキルという人間力で自分を売り込むか。
ここで、どちらか一方を選択するとして、個人的な見解を述べたいと思います。
正直、人間力を磨くという意味では、遊学(ワーキングホリデー)の方が究極の選択と言えるのではないかと、私自身は思います。
ただ残念なことに、遊学(ワーキングホリデー)を経験して帰国した人たちの中には、現実逃避から抜出せず社会に馴染めない方々も見受けられると同時に、就活面接でも一年間を怠惰に遊んできたと思われてしまう側面もあります。
間違って欲しくないのは、遊学(ワーキングホリデー)が、遊びや人生の逃避行になる事だけは本末転倒で、遊学(ワーキングホリデー)で、どれだけの経験を積めるか、どれだけの人脈を築けるか、という主眼を忘れない事が最も大切なことであり、それらを武器にどれだけ人間力に磨きをかけ、魅力ある自分を手に入れて成長できるか、経験という財産でどれほどの自信を得られるか。
これらの前提条件があれば、究極の選択として遊学を推奨できると思います。
成長の過程
成長の過程で、人脈を構築するには、コミュニケーション能力が求められます。
日本人の弱点は、英語コンプレックスであり、話しかけられても頷くだけという英語でのコミュニケーションレベルの低さが挙げられます。
コミュニケーションに不可欠なのは話すネタを持っているかどうかに尽きます。
他国の人に日本のことを聞かれて、日本のことが答えられない日本人は非常に多いです。
政治、イベント、祭り、伝統文化、伝統工芸、食文化など、多岐にわたる知識が日本を紹介する上では必要です。
例えば、食文化一つとっても、寿司、天ぷら、すき焼きだけじゃない、日本のソウルフードについて英語で説明できるかどうか、です。
納豆はどうやってできる?豆腐のルーツは?生姜焼き、オムライス、ラーメン、親子丼など、日本の食文化を英語で説明できれば、日本に興味のある他国の人達も日本のことを聞きに寄ってきますし自然と人脈も増えていきます。
各都市の周遊先でいろいろな人たちと出会い、語らい、人脈を構築できれば、お金に変えることが出来ない、想像できないほどの財産をつかめるはずです。
将来、きっと挑まなければならない壁にぶつかる時が来ます。
乗り越えなければいけない壁が見えたら、逃げずに向き合うために、海外生活で得られるモノを貪欲に追及し、人間力を磨きながら、たくさんの人脈を得てほしいと願っています。
たくさんの人脈が壁を乗り越える心強い味方になるからです。
自分の売り込み方
人生のチャンスは何歳になっても何度でも訪れます。
チャンスに巡りあうには、自分から行動を起こす事です。
行動を起こし続ければ、いろいろな経験が積めますし、人脈も出会いも広がり、将来のヒントやビジネスの発想も運も実力もチャンスもついてきます。
例えば、極端なアイデアの実例です。
就活に躍起になっている学生の方々を見ると、全員同じような服装で、同じような髪形で、同じような自己PRを考え、面接や企業説明会に臨んでいるように見受けられます。
真っ赤なアロハシャツで面接に挑む方は居ません。
世間体なのか、非常識で相手に失礼だと考えるのか、リクルートスーツで訪問しなければダメだと教えられているのか、相手の印象を考えてのことなのか。
ハッキリ言って、常識or非常識のラインは面接する企業側の判断によります。
同じような服装に囲まれている中で、真っ赤なアロハシャツとゴム草履で面接に挑むなんて、メチャクチャ目立つと思いませんか?
居並ぶ面接官に向かって、面接の時に言うんです。
片手にリクルートスーツと黒の皮靴を持ちあげて、【本当はこのスーツと革靴を履いて面接に伺いたかったのですが、印象を与えるために、あえて真っ赤なアロハシャツとゴム草履で伺いました。これは注目を浴びるための一つの戦術として考えました。貴社に入社した暁には、このようなアイデアを駆使して新規開拓先へ提案して行けるように頑張りたいと思います。海外に滞在していた経験で、世界に20カ国の人脈ネットワークがあります。この人脈ネットワークを貴社の部門で活かしたいと考えています。採用された後、もし使えない人間なら、すぐに解雇してください。】
いかがでしょうか?
これは、知人の某一部上場企業の人事部長が話してくれた【実話】です。
異端児ですが、清々しいほど潔いですし自信を持っているように聞こえますし、海外生活で得た人脈と経験を武器に明確に自分を売り込んだことが功を奏し、実際に就職し活躍しているようです。
他にも多々異端児の実話を話してくれましたが、誰もやらないような事をやるから目立ちますし、重宝されて認められるのです。
今の時代、変革を起こしたいと考えている会社、これから世の中に出て行こうと考えている会社、新たなビジネスを考えている会社では、奇抜な発想やアイデアや行動力を持っている人ほど魅力があり採用したいと考えます。
少子化で売り手市場と言っても、AIが台頭してくる時代、自分から行動しなければ、自身の未来は明るいとは言えません。
海外でどれほど成長したのか、海外に出ていない人に比べ、行動力と経験値は無限に差があるはずです。
今まで見たことのないモノを見て刺激を受け、経験したことのないことを体感することでキャパを広げ、人脈を得て、知識や見識や胆識を深めることで発想や考え方が大きく変わり、自分の成長を実感できるから自信が持てるんです。
未来の扉は自分で開く。自分を信じなければできないし、目指さなければかなわない。
スキルがあるから何かをするんじゃない。何かをするからスキルが生まれるんだ。
ぜひ、あなたもGo for it スタイルで海外への挑戦の扉を開いてください。

Go for it co.,ltd.

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